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『ヤマトタケルとミヤズヒメの恋物語』を現代のおはなしにしてみたら!

TEXT : 近藤マリコ

2024.04.03 Wed

熱田神宮の御神体が「草薙剣」となったキッカケは、ヤマトタケルとミヤズヒメの恋物語から始まった。草薙剣をミヤズヒメの元に忘れたヤマトタケルは、また必ず戻ってくると言い残したまま亡くなってしまい、ミヤズヒメは手元に残った剣を熱田社に祀る。そのまま結婚することなくヤマトタケルを忍びながら一生を送ったミヤズヒメは、熱田神宮の北にある“断夫山古墳”(夫を断つ)がお墓だとされている。御神体のルーツは、悲恋のものがたりなのである。でもね、これ、ちょっと出来過ぎちゃうか???と思う私は、やはり根性がひねくれまくっているのかしら。

ミヤズヒメのところに草薙剣を忘れたということになってはいるが、これは忘れたのではなくて、ミヤズヒメが隠したのではないか?というのが、ひねくれた私が思うところなのだ。だって大切な剣を忘れたりなんてするかしら。そんな話をしながら、2人の恋愛をみんなで妄想したら楽しいのではないだろうか。これを題材にした「まちなか寺子屋」が、やっとかめ文化祭にて開催された。

『ヤマトタケルとミヤズヒメの恋物語』の寺子屋は、講師に愛知県立大学日本文化学部教授の丸山裕美子先生、小説家の西山ガラシャ先生をお呼びして、丸山先生からはヤマトタケルの人物像とミヤズヒメを取り巻く政治的要因についてのお話をわかりやすく。そして西山先生からはお話の構成について、小説の書き方や素人が陥りがちな失敗ポイントなどをご教授いただいた。そして、最後は、みんなでこのテーマの小説を書いてみて発表しあいましょう、という締めにしたので、言い出しっぺの私がまずは恥を忍んで、ヤマトタケルとミヤズヒメの恋物語をテーマに、ミニストーリーを書いてみた、のである。ご笑読いただけましたらありがたいです。

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晴れた日の太陽の陽射しは前夜に積もった雪をあっという間に溶かすが、夕方あたりに気まぐれに漂う空気は雪を静かにひっそりと、せつなく溶かす。それはきっと、夕暮れがせつない時だから。これから夜がはじまろうとする、どこにも持っていきようのないせつなさに耐えかねて、雪はみずから溶けるのだ。

夕暮れに静かに溶ける雪のように、哀しみは、気がつかないうちに涙とともに流れ、いつの間にか地面に染みこんでいく。
これからはじまる話は、知らぬまに雪とともに溶けてしまった喪失のものがたり。
2度と戻ってこない失ったものたちを、忘却できない愚かな人間のものがたり。

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A社に勤めるミヤ子は、クライアントへの圧倒的な提案力を評価されて、企画から営業へ転属となった。他部署から営業職への異動はA社では珍しいが、それはいずれミヤ子をマネージャー職に昇進させたいという経営幹部の目論見があったようだ。営業で実績を積ませたかったのだろう。
ミヤ子が営業に配属されて最初に受け持った仕事は、B社の専務で社長の長男であるタケルのプロジェクトだった。A社の取引先の中でも大きな売上を占めるB社は、明治から続く鉱業系のオーナー企業である。
タケルは、会社の後継者として帝王学を学んだタイプではなく、自由奔放に学生時代を過ごしてきた人物である。会社を継ぐ気はまったくなかったとみえて、美術大学を卒業してからは金工作家として活躍し、まさにこれから個展活動へ、というタイミングで、社長である父親の病が発覚したため、B社にほぼ強制的に入社させられた。
そんな事情を知らないミヤ子は、タケルのことをいけすかない跡取り息子、と勝手に想像していた。なぜならタケルは背がとても高くてモデルのような容姿をしており、おまけに会社の跡取り息子ということになれば、いく先々で注目されるのは必然である。さらに、タケルは、自分が誰からも好かれる魅力をそなえているということが分かっており、そういう仕草をするので、ミヤ子がかんばしくない第一印象を持つのは当たり前だった。

ところが、仕事を一緒にすると、人となりがよくわかるというが、作家魂あふれるタケルの仕事癖は実に丁寧で、物事を冷静に俯瞰で見るという特徴を持っていたため、それまでミヤ子がともに仕事をしてきたクライアントとは間違いなく一線を画していた。企画畑のミヤ子とのコンビネーションが見事に功を奏して、プロジェクトは大成功をおさめる。

心身ともに健康な独身の男女が、気をひとつにしてプロジェクトを成功に導いた結果、互いに好意を抱くのはごく自然な流れだった。

プロジェクトが終わると、タケルはミヤ子を食事に誘った。偶然にもミヤ子の家から歩いて行ける距離の和食店だった。2人きりで会うのははじめてのことである。2人とも饒舌だった。

「タケルさんのこと、実は第一印象が良くなかったのよね」ミヤ子はちくりと言葉の棘を刺す。タケルがどう答えるのか試しているようなところがあった。
「チャラい奴だと思っていたんでしょ?なんとなくわかっていたよ。会社の跡取りで独身というだけで無駄にモテる。僕の中身なんてどうでもいいというわけ。そもそも会社を継ぐ気なんてなかったから、僕は精神的には、経営者ではなくいち職人なんだけどな」
「だから最初から遠ざけようと、あんな態度をとっているのね。でも私みたいに一緒に仕事をすると、人柄がよくわかってきて、ギャップ萌えに陥るのかも」
「ミヤ子さんのこと、最初は仕事できますオーラ出まくりで、ちょっと怖かったんだよね。今はミヤ子さんのアイデアマンなところや深い気遣いにぞっこんだけど」
仕事ぶりを褒めているのか、女性としてのミヤ子の魅力に惚れ込んでいるのか、判断がつかない微妙な言い方だった。
「タケルさんが知っているのは、私のわずかな一面よ。知らないことの方が多いはず」とミヤコが照れを隠すように強気な物言いをすると、それも含めて愛でるようにタケルが言い加える。
「わずかな一面で僕はじゅうぶん満足だよ」
心をむき出しにしたタケルのこの言葉で、2人は好意を抱く者同士であることをはっきりと認識する。

ところが、もともと風邪気味だったタケルは、食事の途中から喉の調子が悪くなっていった。翌日からタケルは海外出張を控えていたため、発熱でもしたら大変なことだと心配したミヤ子は、自宅にカリンの焼酎漬があることを思いだし、歩いてすぐの自宅に戻って、カリン酒を持ってくると言い出した。喉が痛くなるとカリン酒を飲んでさっと治すことにしているミヤ子の、タケルへのせめてもの気遣いだった。

店主にことわってから、ミヤ子は慌てて帰宅してカリン酒を持ち、タケルが待つお店に戻ってきたのはいいが、冷蔵庫で寝ていた焼酎瓶の蓋は、簡単には開かない。ミヤ子は力を振り絞ってあれやこれやと試す。手のひらで包んで温めてみたがやはり開かない。その様子を見ていたタケルは、おもむろに鞄から銀製のソムリエナイフを取り出した。

それはタケルが、金工の世界を諦めて父親の会社に入ると決めた時に、最後に作った作品だった。特にスクリューの部分は、タケルが苦心して設計しただけあり、強さと美しさの両方を備えた螺旋を描いている。

タケルは、銀のソムリエナイフの鉤型のところをうまく使って、カリン酒が入った瓶の蓋を、いとも簡単に開けてしまった。ミヤ子は、タケルの手さばきと、タケルの手にあまりに馴染んだいぶし銀のソムリエナイフを注視する。ただのソムリエナイフではないことはすぐにわかった。

カリン酒を飲みながら、タケルはミヤ子に自分の半生を、喉を気遣いながらも語りはじめた。金工作家として生きていきたかったこと、親の会社を担わなければいけない重圧、その運命に悩みつつも、今はミヤ子との仕事の成功に深い満足感をもっていること。そしてソムリエナイフは、金工の世界を諦めると決めた時に作った大事な作品であり、いつも持ち歩いていること。
気がつけば、日付が変わる時間になっていた。翌朝の出発が早いタケルは、帰らなければならない。タクシーを呼んでタケルがトイレに立った時、ミヤ子はテーブルの上に置いてあったソムリエナイフを咄嗟に自分のポケットに忍ばせた。
後から考えると、なぜそんなことをしたのか、ミヤ子も自分ではわからない。タケルにもう一度会うための理由が欲しかったのか。いや、もしかすると本能で、タケルの存在を手元に残したかったのかもしれない。

ソムリエナイフを忘れたことに気づいたタケルは、翌日空港からミヤ子に電話を入れる。お店に忘れたソムリエナイフを取りに行ってほしいこと、そして帰国したらすぐに会って欲しいということを。次に会うことがどんな意味を持っているかは、2人ともわかりすぎるほどにわかっていた。

それから5日後のことだった。タケルが出張したアジアの小国で列車の爆破テロがあった。大きな爆発で車両ごと燃えて跡形もなく、乗客の身元確認さえ不可能な状況だった。
ひとりで行動していたタケルは、その列車爆破から、連絡がとれなくなったため、おそらくその事故に巻き込まれたのだろうという判断がなされた。後日、燃えかすの中にタケルの物と見られる荷物が見つかったものの、どこまでも不確かなタケル死亡の情報に、タケルの家族も会社も悲しみのまま沈黙するしかなかった。

タケルの死が伝えられてからしばらくの間、ミヤ子には記憶が残っていない。夢遊病者のように会社に行き、息をするように涙を流し、気がつけば一年が過ぎていた。人は本当に悲しい思いをすると、記憶をなくすのである。

そんな日々からさらに数年が経った頃、ミヤ子は親の勧めもあり、実家に戻って転職し、同窓会で再会した高校時代の同級生と結婚をした。夫との暮らしは、ささやかだけれども穏やかで、十分に幸せな結婚生活だと言っていいだろう。大切に育てた1人娘は独立し、あっという間に夫婦揃って還暦を迎えていた。

ある日曜日。久しぶりに顔を出した娘から、ソムリエ試験に合格し、春からホテルに転職することが決まったと報告を受けた。娘は、ミヤ子が銀製のソムリエナイフを箪笥の棚に大切にしまっていることを知っており、それがあまりに美しいデザインなので、譲ってほしいと言いにきたのである。

ミヤ子は、考えるそぶりさえ見せず、娘の申し出をすぐさま断った。
「あれは預かったままになっているナイフでママのものじゃないの。だからあなたにあげることはできない、ごめんね」

「うん、やっばりね。好きだった人からもらった物なんでしょう?ずっとそうじゃないかと思ってた。普通のナイフじゃないなって。きっと素敵な人だったんだね」

娘はすこし黙って考えて、ミヤ子の目を見てこう言った。

「人生はさよならばっかりなのよ、ってママいつも言っていたよね。それ、ママが好きだった人のことなのかな。いつか聞かせてね。その人のこと」

ママが好きだった人。
娘からそう言われた時、ミヤ子ははじめて、タケルのことが過去形となっていると気がついた。
ミヤ子の人生のパズルに、ずっと喪失したままになっているピースは、決して戻ってくることはないということも。

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拙文を読んでいただき、ありがとうございました。
これのほとんどが、取材や出張帰り、落語帰りなどに、1人で立ち寄ったご近所「ドナリー」のカウンターで、わたしの相棒の氷無しハイボールとともに、同じく相棒のiPhoneに書き込み続けて、作られたものでありますことを追記させていただきます。

WRITER PROFILE

近藤 マリコ

やっとかめ文化祭ディレクター、コピーライター、プランナー、コラムニスト。
得意分野は、日本の伝統工芸・着物・歌舞伎や日舞などの伝統芸能、工芸・建築・食など職人の世界観、現代アートや芸術全般、食事やワインなど食文化、スローライフなど生活文化やライフスタイル全般、フランスを中心としたヨーロッパの生活文化、日仏文化比較、西ヨーロッパ紀行など。飲食店プロデュース、食に関する商品やイベントのプロデュース、和洋の文化をコラボさせる企画なども手掛ける。