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自己と他者、 二つのまなざしから見える世界
~やっとかめ文化祭 ナゴヤ面影座第六講~

TEXT : 神野 裕美

2021.05.05

松坂屋初代社長・15代伊藤次郎左衛門祐民が覚王山に建てた郊外別荘の傑作、揚輝荘。祐民は実業家であると同時に文化人、数寄者でもあり、壮麗な別荘に文化人を集めては夜な夜なサロンを開いていたという。現在は名古屋市の文化財でもあるこの揚輝荘を舞台に、初のオンライン形式で開催されたナゴヤ面影座第六講。11月10日のランボオ忌をまたいで、4夜にわたって配信された。それは俳人・馬場駿吉氏による連句を軸に、朗読、音楽、映像が美しく重なり合い、まさに現代名古屋の文化サロンの新たなスタイルを味わうひとときとなった。

 

型破りな詩を連句の型に

テーマは『馬場版 イリュミナシオン ~A・ランボオの独吟連句面影化~』。俳人の馬場駿吉氏がフランスの詩人アルチュール・ランボオの作品『イリュミナシオン』を、独り連句として吟じようという試みだ。ランボオが韻文詩の型を破って解き放った散文詩を連句という伝統様式にはめるとどうなるのか、想像もつかないところが面白い。

そもそも連句とは何か、という馬場氏の解説から座はスタートした。連句とは俳句のもととなるもので、江戸時代は俳諧と呼ばれていた。俳諧をさかのぼれば和歌に行き着く。和歌の五七五七七の句形を、五七五と七七の2句に分けたものを5~6名で読み合いつなげていく言葉遊びが俳諧、つまり連句というわけだ。連句は36句からなるが、これは平安時代の和歌の名手36名、いわゆる三十六歌仙によって和歌集が編まれたことに由来する。「連句の妙味は五七五を受ける七七が、前の句を引き受けつつ、後ろの句へ渡すための新しさも盛り込みながら歌うところにある」と馬場氏。本来、複数で紡ぎ出す味わいを一人で引き受け渡しながら、36句、吟じていくというのだ。

 

天才詩人が欲した自由

馬場氏が対峙するアルチュール・ランボオは、早熟の天才詩人として知られる。1854年、フランスに生まれた彼は幼いころから文才を発揮し、15歳で詩を書き始める。ところが20歳には文学と決別し、詩作の期間はわずか4、5年に過ぎない。しかし、その間に詩の伝統を革新した『地獄の季節』『イリュミナシオン』という傑作を残し、今なおその存在は文学史上に輝き続けている。

ランボオの詩作に大きな影響を与えたのは、師であり恋人でもあった詩人ヴェルレーヌとの関係だ。家庭を捨てたヴェルレーヌと放浪の旅に出たランボオは、最初、型のある韻文詩を書いていたが、もっと自由な詩を書きたいと散文詩に移行する。馬場氏によると、韻文は狭い舞台の上で言葉を踊らせる言葉のダンス。一方の散文はどんどん外へ向かってイメージを展開させ、新しい方向へ進んでいく特徴があるという。それは連句のイメージとも重なるものではないだろうか。

 

他者の視点を自分のなかに

それにしても、今、なぜランボオなのか?問いに対し、馬場氏はランボオが詩人像として手紙に記した「見者」という言葉についてひもといてくれた。「世の中の渦に巻き込まれる形で物を見るのではなく、第三者的な目を備えながら現状を見ること。他者性と自己性、この二つが一人のなかにあることが重要だとランボオは言っている」

独吟連句は馬場氏のなかに幾人もの他者の目を持ち、その言葉をつないでいく作業ともいえる。今、コロナ禍ということもあって世界は混乱の渦にある。さまざまな情報が錯綜しているが、この渦に巻き込まれないためには客観的な視点が必要だと多くの人が実感していることだろう。また、ダイバーシティや多様性の尊重を実現するためには、その発想が自分の視点に偏っていないかを確認することも重要だ。ランボオが語った「見者」の視点は、今の世界や日本、名古屋を見つめるときにも手がかりになるのではないだろうか。

 

独吟連句のイリュミナシオン

いよいよクライマックス。田邊武士氏によるファゴット、林美春氏による打楽器の演奏が始まると一気に空気が変わり、イリュミナシオンの世界が広がった。馬場氏が吟じた連句は石田麻利子氏が朗読。豊かな声の響きに合わせて繊細に仕立てられた影絵が映し出され、観客は幻想の世界に酔いしれた。残念ながら紙面の都合上、36句すべては掲載できないため、乱暴とは承知でほんの一部、馬場氏の連句(発句~四句)とランボオの詩(抜粋)を併記する。換骨奪胎の真髄は、ぜひ動画で味わっていただきたい。

 

【馬場版 イリュミナシオン】

野兎に蜘蛛の巣 子供らに喪服

虹もまた大洪水の後

「青髭」の屋敷・屠殺場・曲馬小屋

そこに流れる血と白き乳 ……

 

【A・ランボオ『イリュミナシオン』~大洪水のあと~より抜粋】

大洪水の記憶が落ち着いてまもなく、

一匹の野うさぎが、イワオウギと風に揺れる釣鐘草のなかに立ち止まり、蜘蛛の巣を透かして虹に祈りをあげた。

おお!隠れつつあった宝石たち、―はや目を凝らしていた花たち。

汚い大通りには物売り台が立ち並び、あの高いところに版画さながらに段々に積み上がった海に向かって、人々が小舟を曳いていった。

血が流れた、青ひげ公の家や、―屠殺場や、―円形闘技場で、そんな場所では神の陰影が窓を白く照らした。血と乳が流れた。……

引用:岩波文庫『対訳ランボー詩集』中地義和編

 

馬場版 イリュミナシオン ~A・ランボオの独吟連句面影化~

神野 裕美

WRITER PROFILE

神野 裕美

1998年よりフリーのコピーライターとして活動。2010年、クリエイティブディレクターとともに株式会社SOZOS(ソーゾーヅ)設立。新聞、ポスター、パンフレット、Webといった各種コミュニケーションツールの企画立案・制作、ロゴ制作、ネーミングなどを手掛けている。最近はまちづくり支援の仕事も多く、なごやのまちを盛り上げるべく、多角的な視点からなごやの魅力を再発掘中。インフォグラフィックでなごやめしの紹介も。
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