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「生きた唄」がここにある。使命に導かれて歌い続ける、華房流親子2代の物語。

TEXT : 齊藤 美幸

2020.10.31

──♪そいつはどいつだ どどいつ どいどい 浮世はサクサク
調子のよい囃子詞が印象的な「熱田神戸節」。三味線の伴奏にのせた歌声が、艶っぽく響く。

ここは、名古屋市西区・円頓寺商店街の一角にある稽古場。着物姿でお弟子さんたちに囲まれているのは、「端唄 華房流 華の会」の家元である華房小真さん。端唄・小唄・都々逸、名古屋の伝統芸能「正調名古屋甚句」「熱田神戸節」を継承している、名古屋の伝統芸能界には欠かせない人物だ。名古屋市内4カ所の稽古場で指導にあたりながら、国内外の各地で公演を行うなど精力的に活動している。

華房流は、小真さんの母・真子さんが宗家として再興した流儀。現在、大勢のお弟子さんを抱えている。伝統芸能の家元と聞くと何代にもわたって続いているイメージがあるが、華房流は小真さんが2代目。一体どんな家系で生まれ育ったのだろうか?聞くところによると、祖父はいくつも映画館を経営していたらしい。気になることだらけだ。そんな小真さんにお話を伺うべく、出稽古場へお邪魔した次第。すると、この日は真子さんとお弟子さんも駆けつけてくれていた。

 

江戸時代の流行歌・伝統歌を今に伝える

端唄・小唄・都々逸・正調名古屋甚句・熱田神戸節…。これらはそもそも、どんな歴史背景をもつ唄なのだろうか?小真さんが教えてくれた。
「すべて、江戸時代に流行した三味線演奏を伴う唄です。幕末に一世を風靡した端唄や小唄は、短い曲なら30秒程度、長い曲でも4分程度。30秒というとCMソングのような短さですね。誰が最初に歌い出したのか分かっていないものが多く、“詠み人知らず”。大衆性に富んでいることから替え歌も豊富につくられました。譜面ではなく口伝によって歌い継がれてきたのも特徴です」。

なるほど。今でいうJ-POPのような存在、いや、それ以上に身近な日常に浸透した存在だったようだ。

 

唄や映画、「芸能」は身近にあるものだった


写真右:華房真子さん、左:華房小真さん

華房流と名乗り始めたのは真子さんの代から。しかし、それ以前から伝統芸能に造詣の深い家系だった。
「曽祖母が唄などの伝統芸能の分野で師匠をしており、その頃からの流れを汲んでいます。伝統芸能を継承する場として『華の会』は既にあったのですが、流儀の正式な立ち上げは2004年。そして、私が2代目の家元になったのが2014年です」と小真さん。

明治生まれの曽祖母と、大正生まれの祖母。2人とも日常的に古い唄を口ずさんでいたことから、小真さんは身近に唄のある環境で育った。
「祖父は中区栄の『ロマン座』など、多い時期には11館ほどの映画館を経営していました。当時の映画館では、映画の上映だけではなく歌手の興行もあったんです。祖母は歌謡ショーで司会もしていました」。

当時の様子を思い起こし、「私は歌手に花束を渡す役目をしていたんですよ」と真子さんが口を開く。華やかな世界が間近にあった真子さんは、自分も歌謡歌手になりたいと夢見ていたそうだ。「レッスンに通い、のど自慢荒らしをしていました」と青春を振り返る。結果的には伝統芸能の道へ進むことになるのだが、唄に対する愛は幼少期から根付いているのだろう。

 

4人の師匠、そして真子さんから教わったこと

曽祖母・祖母・母(真子さん)と、伝統芸能を受け継ぐ一家に生まれた小真さん。6歳から稽古に通い、帰宅すれば真子さんからも指導を受ける日々。親子といえど、芸には厳しい。「どうしたらもっと上手くなれるだろう?」その繰り返しで年月を重ねた。

「18歳の頃、将来的に伝統芸能を仕事にするのか悩んだ時期がありました。もう辞めようかと母に伝えたところ、大喧嘩に。普通なら私が飛び出すところですが、なんと母が家出をしてしまったんです。3日後くらいに電話で近くの喫茶店に呼び出され、“どうして唄の魅力が分からないんだ”と泣いて訴えられ…。その後ひとまず、身の振り方を考える時間として一年間のお休みをとりました」。
休息中、ふとテレビから聴こえてきた演奏が小真さんの心を動かした。真子さんの言う「唄の魅力」があらためて身に沁み、伝統芸能の世界に復帰。現代小唄の師匠、長唄三味線の師匠など、計4人の師匠のもとで経験を積んだ。

師匠から学んだのは、技術だけではない。芸との向き合い方や、一人の人間としての生き方も教わった。なかでも大切にしている教えは、常に明るく素直でいること。
「“明るく”とは、どんなときにも周囲を温かくできる心を持つこと。“素直”とは、何事にもまっさらな気持ちで挑むことだと解釈しています。母には特に、“もののあわれが分かる人間になれ”と言われました」。芸は人と人とのつながりがあってこそ。真子さんの人生経験から出た言葉なのだろう。

 

「土地に根付く唄」を継承する、揺るぎない使命

華房流として、唄の文化を伝え続けている真子さんと小真さん。後世に唄を残すことへの使命感が強く感じられるが、その「使命」はきっと天から与えられたものなのだろうと裏付ける出来事がいくつもあった。

真子さんと小真さんは、「正調名古屋甚句を拡める会」の会長・副会長も務めている。甚句とは、全国各地で盛んに歌われたその土地の唄のこと。地域の魅力を歌詞に盛り込んだ、いわばご当地PRソングだ。名古屋甚句は1800年代に生まれたのち衰退を辿るも、明治初期には名古屋の花街で大流行。歌詞の中には、名古屋の都市文化や武家文化のエッセンスが詰まっている。

正調名古屋甚句を世に広めたのは、芸者の「甚鍵(じんかぎ)」とそれを受け継いだ「甚(じん)ふく」という人物。彼らの甚句を継承する者には代々、保存会から「甚(じん)」と付く名前が与えられる。真子さんは「甚富華(じんとみか)」と名乗る、正調名古屋甚句の正統継承者。小真さんも保存会の師範である。

甚鍵や甚ふくは当時、巨大な遊郭があった大須で活躍したという。真子さんと小真さんはあるとき、彼らが生きた証を辿ろうと思い立った。稽古場からの帰り、懐中電灯を片手に夜の大須を歩き回ったのだ。寺や史跡周辺に、正調名古屋甚句に関する石碑が残っていないものか…。その日は探しても探しても見つからなかったが、後日、図書館で文献を探したところ、東別院南の「洞仙寺(とうせんじ)」に甚ふくの功績を称えた石碑があることが判明。さっそく訪れると、石碑はたしかに存在した。そして、隣にはもうひとつ別の石碑が建っている。「この石碑は何ですか?」そう住職に尋ねると、「正調名古屋甚句を拡める会 初代会長・大喜章一さんの祖父にあたる大喜先生の石碑だ」と言う。
正調名古屋甚句の“中興の祖”である甚ふくと、尊敬する初代会長のおじいさまの石碑が隣り合って並んでいる。さらに、その住職はよく見れば、初代会長が亡くなられた際、葬儀でお経を上げていた方ではないか。「見えない糸に引き寄せられるとは、こういうことだと思いました」。そのときの胸の高ぶりを思い出したかのように、真子さんと小真さんは顔を見合わせる。

熱田区の地下鉄伝馬町駅からほど近い場所に建つ「都々逸発祥の地碑」

「熱田神戸節」に関しても印象的なエピソードがある。都々逸の元にもなった熱田神戸節といえば、熱田にあった花街「神戸(ごうど)」で生まれた唄。当時人気だった旅籠「鯛屋」のお仲(飯盛り女)が歌い出したのがはじまりと言われている。

真子さんがテレビ番組で熱田神戸節を披露すると決まり、お弟子さんたちに「ぜひ聴いてね」と宣伝したときのこと。お弟子さんの一人が真子さんのもとへ歩み寄り、「実は私、鯛屋のお仲の末裔なんです」と申し出た。
「こんな偶然があるものなのか。家系図まで見せてもらっているうちに、お仲さんの菩提寺へ行ってみたいと思いました」。まるで鯛屋のお仲に導かれるかのように、真子さんと小真さんは熱田にある寺を訪れたのだ。その地に立ったとき、「熱田神戸節をもっと広めなければ」という決意を固めた。まさしく使命に目覚めたときだった。それから十数年。今ではお弟子さんも増え、各地のステージで「熱田神戸節」を披露するなど着実な広がりをみせている。

 

芸どころ名古屋で、唄は脈々と生き続ける

熱田神戸節のふるさと、熱田宮宿「七里の渡し跡」にてお弟子さんたちに囲まれての一枚

近年では、伝統芸能に興味をもってくれる若者も増えているそうだ。小真さんは大学の外部講師を務めており、唄や三味線の楽しさを教えている。世界各国からの留学生と文化交流をする機会もあるほか、名古屋在住の外国人が講習会に足を運んでくれることも多いという。全国各地から小真さんの噂を聞きつけ「お稽古をつけてほしい」と依頼をしてくる人も絶えない。人種や国籍をも超え、唄の魅力は伝播している。

いくつもの時代を経て、現代に紡がれる唄たち。華房流が歌うのは、過去の遺産ではない。「生きた唄」だ。歌う人が絶えない限り、唄は生き続け、脈々と次代に受け継がれていくだろう。

 

華房小真(甚富生)
端唄 華房流 華の会 家元/甚富華と正調名古屋甚句を拡める会
江戸期より伝わる端唄・小唄・都々逸・名古屋の伝統芸能「正調名古屋甚句」「熱田神戸節」の演奏、指導、伝承に力を入れている。多くの劇場・ホール・テレビ・ラジオなどに多数出演。NHK文化センター講師、椙山女学園大学 ゲスト講師、洗足学園音楽大学 客員教授を務める。伝統芸能を親しみやすく伝承・保存しながら、後進の育成にも励み、精力的に活動中。

 

やっとかめ文化祭2020 関連プログラム
芸どころ まちなか披露 正調名古屋甚句・ 熱田神戸節
日時:2020年11月1日(日)13:00〜ライブ配信
※ライブ配信終了後も、11月22日(日)までアーカイブ動画を視聴可能です。

まちなか寺子屋 名古屋甚句で読み解く 尾張老舗物語
日時:2020年11月3日(火・祝)12:30〜14:00

齊藤 美幸

WRITER PROFILE

齊藤 美幸

写真業界とデザイン業界を経てライターに転身。広告制作会社での勤務を経て、2020年からフリーライターとして活動中。ウェブメディア、雑誌、会報誌、パンフレットなどの編集・取材・執筆を行う。“ローカルの可能性”に興味があり、地域情報発信や旅・グルメ記事を得意分野としている。人生最後の晩餐に食べたいものは、味仙の台湾ラーメン。