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見ていないのに見えてくる? ぼんやりした面影を訪ねて、あいまいな量子の世界へ。ーやっとかめ文化祭 ナゴヤ面影座第三講ー

TEXT : 神野 裕美

2018.04.09 Mon

「いまのあなたは、先ほどまでのあなたと同じですか」

禅問答のような問いかけが、自分とその周りを取り巻く世界の存在そのものに、不可思議な気持ちを抱かせる。

2017年11月11日、日本福音ルーテル復活教会で行われた面影座第三講。客人は理論物理学者の佐治晴夫博士。現在は、鈴鹿短期大学名誉学長であり、北海道美瑛町「丘のまち郷土学館・美宙(MISORA)天文台」台長を務める。NASAを中心とする地球外知的生命探査プロジェクトに関わり、宇宙探査機ボイジャーに地球からのメッセージとしてバッハの音楽を搭載する提案をしたことや、ゆらぎ理論の第一人者として1/fゆらぎ扇風機を開発したことなどでも知られる。

客人を迎え入れる日本福音ルーテル復活教会は、シザーズトラスと呼ばれる小屋組と十字架形のステンドグラスが美しい祈りの場。国の登録有形文化財でもあり、貴重な空間を舞台にした講義には、東京からも佐治ファンが駆けつけた。

日本福音ルーテル復活教会

宇宙物理学を先取りするアリス

今回のテーマは、『量子の国のアリス~目に見える世界は「おもかげ」か~』。あいまいでぼんやりとした面影を、量子論から見つめようという試みは、それだけで意外性に満ちている。もちろん、アリスとは、あの有名な児童小説『不思議の国のアリス』。少女の夢物語と最先端の物理学。

正反対の存在を結びつけるカギは、アリスの作者ルイス・キャロル自身だ。実は、彼は数学者。佐治博士のような物理学者や数学者の視点から読むと、1865年に描かれた『アリス』には、量子論や相対性理論など最先端の宇宙物理学を先取りする世界が広がっているという。それを示唆する一節がこれだ。

「…ニタニタ笑いしないネコはいくども見たことがあるけど、ネコがいないニタニタ笑いなんて、こんな奇妙なもの見るの、生まれて初めてだわ」

アリスと言えば、樹の上で笑うチェシャネコ。突然、現れたり消えたりして、ニタニタ笑いだけを残して消える不思議なネコの姿を、小説やアニメによって記憶している人は多いかもしれない。この「ネコがいないニタニタ笑い」については、小説の中の出来事、ファンタジーと捉える人が大半だろう。しかし、佐治博士はこの現象に面影を見出し、量子論の世界を見ることができるという。実は、キャロル自身が、これは純粋数学の定理だと手紙に書いているそうだ。

数学の定理の一例を挙げると、直線は「太さを持たず無限に伸びていく線」と表現される。しかしながら、私たちが手で描く現実の直線には太さがあり、長さも限られる。そう、純粋数学の定理は現実の世界とは次元の異なるところにあり、量子の世界はそこに広がっている。

ナゴヤ面影座

どっちつかずの量子の姿

講は後半、いよいよ現代物理学の柱の一つ、量子力学の世界へ。アインシュタイン、ド・ブロイ、シュレディンガー、ハイゼンベルク。巨星たちの思考のプロセスを、佐治博士のエスコートのもとたどっていく。

まず取り上げられたのは、「光は粒子か波か」という、多くの科学者を悩ませてきた光の本質についての議論だ。今では「光は粒子であり波である」という二面性は証明されているが、この日、面影座でもオリジナルの装置を作製し、その一端を科学実験で見せてくれた。

光と同じく二面性を持つ量子の世界では、ランプがついていて、かつ消えているような、“状態の重ね合わせ”という現象が起きている。これを観測しようとすると、どちらか一つの状態に収束してしまい、正確には観測できない。こうした量子のぼんやりとした性質を表したのが不確定性原理だ。「例えば、体重と身長を同時に正確には測ることができません。それと同じと考えてください」と佐治博士。

さらに、量子と量子は離れていても相互に作用し、一方の状態を観測すると瞬時にもう一方の状態が確定する “量子もつれ”という現象については、「片側の手袋しかなければ片側は落としたとわかるように、一方がわかれば他方を見なくても状態がわかることってありますよね」。見ていないのに見えてくる。これが最先端の量子の世界なのだ。

ナゴヤ面影座

平安歌人も面影を見ていた

「こうした最先端科学の情緒を、平安の歌人たちは実にうまく表現している」とも博士は語る。紀貫之は「こし時と恋ひつつをれば夕ぐれの 面影にのみ見え渡るかな」と、恋しい人の面影を歌い、藤原定家は「見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋のゆふぐれ」と、花や紅葉の面影を見せてくれる。現実には見ていないものが面影として見えてくる世界観は、量子もつれの世界に通じると言えないだろうか。

もう一度、アリスの物語を振り返ってみよう。ネコという実態が消えても、ニタニタ笑いが残ったという描写は、確かに量子の世界を、面影を描いていたのだ。「世界はすべて面影でてきている」と佐治博士。「ないものとあるものをつなぐのが面影。光と影、一瞬と永遠、過去と未来。世界は対極にあるものたちのうつろうバランスからできているのです」。

ナゴヤ面影座

量子の世界を旅する面影座

途中、佐治博士のオルガン演奏でバッハの「プレリュード」も披露された。優しい語りと映しい音色に魅せられた講義は3時間にも及んだが、博士によって私たちが重力から解き放たれたせいなのか、この日は時間が早く過ぎるのを感じた人も多かったに違いない。

ナゴヤ面影座

初の国産量子コンピュータが公開され、いよいよ世界中で量子コンピューティング時代が始まろうとしている。量子の世界では、時間は過去から未来に流れるだけでなく、未来から過去に流れてもおかしくないという。量子もつれを利用すれば、未来へ行くことも、時をさかのぼることもでき、過去を変えることも可能とされる。

私たちがアリスのような冒険ができる現実は、もうそこまで迫っているのかもしれない。それとも私たちの存在自体が、未来の面影なのか?面影座という磁場に立てば、思考はふいに時空を越えて自由自在に旅をする。量子世界の冒険が、いつだって楽しめるのだ。

WRITER PROFILE

神野 裕美

1998年よりフリーのコピーライターとして活動。2010年、クリエイティブディレクターとともに株式会社SOZOS(ソーゾーヅ)設立。新聞、ポスター、パンフレット、Webといった各種コミュニケーションツールの企画立案・制作、ロゴ制作、ネーミングなどを手掛けている。最近はまちづくり支援の仕事も多く、なごやのまちを盛り上げるべく、多角的な視点からなごやの魅力を再発掘中。インフォグラフィックでなごやめしの紹介も。
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