TEXT : 神野 裕美
親鸞の面影を、うたと語りで巡る時間
2025年4月19日、「真宗大谷派名古屋別院」(東別院)のホールは、満員の聴衆の熱気で渦巻いていた。一年ぶりに面影座が帰ってきたのだ。しかも、特別なゲストを伴って……。
その日、開催されたのは「わたしの親鸞~五木寛之講演」。土取利行氏率いるパーカッションアンサンブル「スパイラルアームズ」によるコンサートも同時開催という贅沢な二部構成だ。92歳を迎えた作家・五木寛之氏が久しぶりに名古屋を訪れ、親鸞を語るとあって、貴重な機会を見逃すまいと約550名がホールを埋め尽くした。親鸞聖人を宗祖とする真宗大谷派、名古屋地区唯一の別院を舞台に、親鸞の面影を巡るひとときが始まった。


音楽でいざなう、親鸞の時代
前半は、「親鸞を音で感じる」という趣向のもと、土取利行・スパイラルアームズによるライブから始まった。土取氏は、五木寛之氏の戯曲『蓮如』の音楽監督を務めたことでも知られ、五木氏いわく「小澤征爾、坂本龍一と並ぶ日本の三大音楽家」だ。この日は、世界各地の打楽器を響かせるメンバーに、今回が初ステージという女性が加わって、パフォーマンスが披露された。
まず、土取氏作曲の調べにのせて披露されたのは『梁塵秘抄』のうた。あの有名な一節「遊びをせんとや 生まれけん」が透明感のある声とともに響き渡ると、会場には瞬時に時空を越えた異世界が広がった。聴衆は一気に親鸞が生きた時代へ引きずり込まれたのではないだろうか。
清らかな歌声と縦横無尽に奏でられる打楽器の響きを堪能した後、「仏は常にいませども…」と梁塵秘抄のフレーズを会場の全員で合唱する場面もあった。うたは、歌詞を読むだけではなく調べにのせて歌うことに意味がある。五木氏が後半で語ったように、まさに聴衆の一人ひとりが、うたに込めた親鸞の祈りを体感するひとときとなった。


絶望の果てに生まれた今様
後半、五木寛之氏が登壇。冒頭からユーモアを交えつつ、穏やかな口調で親鸞が生きた12世紀の時代へ聴衆をいざなっていく。
平安時代、特に12世紀の頃は、飢饉や地震、台風、津波、そして内戦が続く時代だったという。農民たちは土地を捨てて都へ流れ着き、夜な夜な死体の髪の毛を集めて売るような極貧の状況にあった。この時代に、「殺生は深い罪であり、地獄へ行く」という仏教思想が強く広まり、農民や漁師、武者など多くの人々が「自分たちは罪深く、必ず地獄に落ちる」と恐れおののいていたそうだ。
そんな大衆の救いとなったのが「今様」、当時の流行歌だったという。人々にとって自分を慰める道は「うたを歌うこと」しかなく、今様は大流行し、町を行く誰もが今様を口ずさんでいたと伝えられているそうだ。
念仏とともに、今様は歓喜のうたへ
その今様もまた、念仏信仰の広まりとともに変化していく。平安時代後期、法然や親鸞といった宗教家が登場し、人々に「念仏」の教えを説き始める。彼らが説いたのは、難しい修行や善行を積まなくても、「声に出して高らかに念仏(南無阿弥陀仏)を唱えるだけで、罪深い者でも必ず救われる」という教えだ。これは、「自分は死後、地獄に落ちるに違いない」と恐れていた大衆にとっては救済となり、熱狂的に支持されたという。
そして、念仏の教えが浸透すると、今様も悲哀のうたから歓喜のうたへと、次第に変わっていったという。五木氏は今様の例を挙げ、その時代に流れていた不安と安堵の空気の変化を教えてくれた。

和讃のリズムに託した、親鸞の思想
親鸞は晩年、仏教の教えを説く「和讃(わさん)」を何百と書いた。注目すべきは、それらがすべて七五調の今様のリズムで綴られていることだという。五木氏はこれを「単なる流行歌の模倣ではなく、深い思想に基づいた選択であった」と断言する。
「うたとは、歌詞とメロディ、そしてそれを歌う人の三位一体である」と五木氏。つまり、和讃は言葉だけでなく、リズムやメロディにのせて人々が歌うことで、初めて心に届くものになるという考えが、親鸞にあったのではないかと推察する。
人々が一緒に和讃を歌い、そこに聴く人がいてこそ立ち上がる世界がある。そう考えた親鸞は、言葉以外の要素は「他力」を信じて託し、苦しむ人々が共に救済の喜びを分かち合えるような和讃をつくり続けた。「その懐の大きさに豊かな人間味を感じるからこそ、私は親鸞のファンなんです」と五木氏。軽妙な語りで親鸞の心情を伝える講演は、拍手が鳴りやまぬ中、温かな余韻を残して幕を閉じた。
うたは心に刻む記憶の装置
確かに誰しも、ふとした瞬間に、幼い頃に歌ったうたの歌詞がよみがえることがあるのではないだろうか。リズムと結びついた言葉は、深く心に染み入り、長く長く記憶にとどまる。
かつての今様、親鸞が和讃に込めた祈りを、現代の私たちもまた流行歌から受け取っているのだ。
名古屋は、江戸時代から真宗大谷派の信仰が深く根づく地域だ。徳川家康による名古屋城築城に伴って整備されたこの地には、多くの浄土真宗の寺院が建てられた。東別院は1690年、当時の尾張藩主・徳川光友により織田信秀の居城古渡城の跡地の寄進を受けて建立されている。尾張の浄土真宗信仰の拠点とも言えるこの場所で、五木氏とともに親鸞の思想に思いを巡らせた時間は、一層、一人ひとりの胸に記憶に刻まれるものになった。ともに口ずさんだ今様とともに。

五木寛之
1932年、福岡県に生まれる。戦後、北朝鮮より引揚げ。早稲田大学文学部ロシア文学科中退。1966年、『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞を受賞し作家デビュー。翌年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞。以後、吉川英治文学賞、菊池寛賞。NHK放送文化賞、毎日出版文化賞当別賞などを受賞。小説以外にも幅広い活動を続ける。代表作に『青春の門』『風に吹かれて』『大河の一滴』『親鸞』『TARIKI』(英文版)などがある。日本藝術院会員。

土取利行・スパイラルアームズ
スパイラルアームズは半世紀にわたって世界各地での音楽体験を積んできた土取利行が率いるユニークなパーカッションアンサンブル。飛鳥・奈良時代の伎楽鼓の演奏に始まり、韓国やインドネシアやイランの音楽家たちとのコラボレーションを経て、アジア、アフリカなどの多様な打楽器を駆使したアンサンブルに至る。今回は神楽太鼓の石坂亥士と南インドの打楽器を習得した竹原幸一が参加し、汎アジアリズムを旋回させる。





