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「うた」に導かれ、時と世界を巡る旅へ。~やっとかめ文化祭 ナゴヤ面影座第九講~

TEXT : 神野 裕美

2024.05.01 Wed

2023年、オンラインの世界を浮遊していたナゴヤ面影座が、3年ぶりにリアルな世界に舞い降りた。降り立った舞台は、八事山興正寺。1686年に創建された高野山真言宗の別格本山であり、尾張徳川家の祈願所としても敬われてきた名刹だ。

真言宗の祖・空海(弘法大師)が生まれて1250年。その記念すべき年の晩秋、空海ゆかりの興正寺の一角、夜のとばりに包まれたライブラリーサロン華宮では、約80名の旅人が出発のときを待っていた。時を行き来し世界を巡る、うたの旅へ出るために。

空海ゆかりの興正寺を舞台に

「空海(そらうみ)のうた ~うたかたの国ナゴヤLIVE~」として開催された、第九講。空海を生んだ母・玉依御前(たまよりごぜん)を軸に据えた企画で、ゲストに迎えたのは現在「空海の母」をテーマに活動を行う、音楽家の土取利行氏と歌手の松田美緒氏。お二人とも世界各地で活躍する国際的なアーティストだ。

まずは開会にあたって、興正寺住職の西部法照氏が登壇。「空海のもっとも大きな功績の一つが曼荼羅の思想。宇宙を一つにつながる命と見立てた考えにある」とし、「六大に響きあり。宇宙万物を形成する、地・水・火・風・空・識の6要素が響き合うこと。それが音であり、命につながっている」ともご教示いただいた。

参加者が命の音を浴びようと待ち構えると、土取氏と松田氏が玉依御前の画が飾られた舞台へ。美しい歌声とともにインドやアフリカ、イランと多種多様な世界の楽器の音色が堪能できる、貴重なライブの幕が開いた。

玉依御前に想いを馳せて

空海の母と伝えられる玉依御前は、いまだ謎多き人物だ。「ある時、インドから飛翔してきた聖人が懐に入る夢を見た玉依御前は、懐妊し空海が誕生した」という伝説が残され、海神の娘、水の女神ともされる。

そんな玉依御前を偲ぶライブは、まずブラジルの海の女神「イエマンジャ」、スリランカの弁財天「サラスバティの歌」、ブラジルの水の女神「オシュン」と、女神に捧げるうたから始まった。松田氏の伸びやかな歌声と土取氏が奏でるエスラジの音色が響き合い、ライブラリーサロンは熱帯の空気を帯びた高揚感にあふれていた。

次に披露されたのが、第九講の主題歌とも言える、土取氏作詞・作曲の「玉依御前のうた」。詞には、阿古屋(玉依御前)が真魚(まお・空海の幼名)を授かった時のことや真魚の成長を見守る様子が描かれている。

空海が生まれたのは香川県の多度津。土取氏も多度津出身で、故郷に祀られた玉依御前の謎解きも兼ねてこのうたをつくったという。また、空海の詩を元にした「生死海の賦」も披露され、親子をうたでつなぐ試みとなった。

時代を映した唖蝉坊の演歌

続いては、世界各地を演奏で巡るお二人ならではの楽曲の時間。松田氏の美しいアルメニア語が胸にしみる「山の恋の歌」、中世ペルシャの詩を題材にした歌。シルクロードを旅する吟遊詩人のように、彼の地に心を遊ばせた人も多かったのではないだろうか。

そんな世界旅行の余韻にひたっていると、突如、小気味よく三味線の音が響き、明治・大正時代の日本へ。近代流行歌の祖と言われる演歌師・添田唖蝉坊のメドレーが始まった。「むらさき節」、「ノンキ節・わからない節・ラッパ節」「青島節(ナッチョラン節)」、さらに「職業婦人の歌」と参加者の熱気も高まっていく。「青島節」は、もともとは大正時代、第一次大戦中の青島出兵を歌ったものだが、今回はブラジルバージョン。ブラジル移民の厳しい生活を皮肉って現地で歌われていたのを松田氏が発見したそうだ。

唖蝉坊は今で言うシンガーソングライターで、空海の後を追って四国を三度巡ったという逸話も残る人物だ。世相を鋭く風刺し、庶民の気持ちを訴えた楽曲は、現代を生きる私たちの心もとらえる。参加者は手拍子で応え、節を口ずさみ、会場はいつの間にか唖蝉坊ワールドと化していた。

「うた」が未来へ記憶を伝える

最後は、松田氏が大好きだというブラジルの歌「不思議な力」をアカペラで歌いあげ、土取氏の心沸き立つようなドラム演奏でライブは盛況のうちに閉幕した。

玉依御前を想いながら、ブラジル、スリランカ、アルメニア、ペルシャ、日本と、多様な国や時代のうたを巡る中で、改めて気づかされたのは「うた」が持つ力である。当時の人々の祈りや希望、世相や大衆文化を伝えるうたは、失われそうな面影を心に刻んでくれる。生きた言葉をメロディに乗せて、はるか後世に伝えてくれる記憶メディアと言えるかもしれない。

名古屋に残る多くのうたにも、先人たちの想いや当時の世相が込められている。私たちの身近にあるうたに耳を澄ませば、今まで聞こえてこなかった声が聴け、見えていなかった景色も表れるのではないだろうか。

 

【セットリスト】

1:イエマンジャ(楽器 エスラジ)

2:サラスバティの歌(楽器 エスラジ)

3:オシュン(楽器 カマレンゴニ)

4:玉依御前のうた(楽器 サントゥール)

5:生死海の賦(楽器 エスラジ)

6:山の恋の歌(楽器 エスラジ)

7:ペルシャ詩人の歌1(楽器 エスラジ)

8:ペルシャ詩人の歌2(楽器 セタール)

9:むらさき節(楽器 三味線)

10:ノンキ節・わからない節・ラッパ節(楽器 三味線)

11:青島節(ナッチョラン節)(楽器 三味線)

12:職業婦人の歌(楽器 三味線)

13:不思議な力(アカペラ)

14:ドラムソロ(楽器 ドラム)

 

土取利行(音楽家)

1970年代から近藤等則、梅津和時、高木元輝、阿部薫、吉澤元治、小杉武久、坂本龍一などと活動し、75年の渡米、渡仏以来ミルフォード・グレイブス、スティーブ・レイシー、デレク・ベイリー、エヴァン・パーカーなど欧米のフリージャズのパイオニアたちと共演を重ねる。1976年、ピーターブルック国際劇団に参加。音楽監督として『UBU』『鳥の会議』『マハーバーラタ』『テンペスト』『ハムレットの悲劇』『驚愕の谷』等の音楽を手掛ける。世界中で民族音楽を学び、1980年代に桃山晴衣と岐阜郡上八幡に拠点「立光学舎」を創立。日本音楽の古層を調査し、その成果を『銅鐸』『磐石(サヌカイト)』『縄文鼓』などのCDアルバムとしてリリース。最近では、フランスの洞窟壁画の音楽調査と演奏を行った他、近代の流行歌の元祖、添田唖蝉防演歌の研究・継承者としても活躍。2023年、Blu―ray『浜辺のサヌカイト』を発表。

松田美緒(歌手)

18歳でポルトガルのファドに自己表現の形を見いだし、20代で本場リスボンに留学したことをきっかけに、世界各地を旅する音楽活動を続ける。ポルトガル語やスペイン語など六ヶ国語を操りながら、各地で息づくリズムを吸収し、地域の魂が宿った歌を拾い上げ、それを独自の表現にしていく活動は「歌う旅人」と称され、国内外の著名ミュージシャンからも支持されている。リスボンからカーボ・ヴェルデ、ブラジルへ至る大西洋の音楽地図を描いたリオデジャネイロ録音の1stアルバム『アトランティカ』で2005年ビクターよりデビュー。以降、数えきれない旅をしながら、南米や欧州のアーティストと共演・制作を重ねる。2012年からは知られざる日本の歌を掘り起こす活動をはじめ、2014年に『クレオール・ニッポン うたの記憶を旅する』を発表。土取利行とのアルバムに『水霊の歌』『ブラジル移民の歌』がある。

 

WRITER PROFILE

神野 裕美

1998年よりフリーのコピーライターとして活動。2010年、クリエイティブディレクターとともに株式会社SOZOS(ソーゾーヅ)設立。新聞、ポスター、パンフレット、Webといった各種コミュニケーションツールの企画立案・制作、ロゴ制作、ネーミングなどを手掛けている。最近はまちづくり支援の仕事も多く、なごやのまちを盛り上げるべく、多角的な視点からなごやの魅力を再発掘中。インフォグラフィックでなごやめしの紹介も。
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