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幾人もの手を渡り、有松・鳴海絞はかけがえのない逸品に-「旅する判子コレクション」コンプリート記念品ができるまで-

TEXT : 伊藤 成美

2022.10.26 Wed

2022年10月22日、10回目となる「やっとかめ文化祭2022」が開幕。人気企画のひとつ「旅する判子コレクション」もスタートした。

「旅する判子コレクション」とはいわゆるスタンプラリーで、特製台紙に集めた判子の数に応じて、参加者に記念品が進呈される。面影や芸事、街の粋といった文化祭にまつわるモチーフをデザインした判子はどれもかわいらしく、「いろんな判子を集めたい」という人も少なくない。判子がもらえる対象会場は「芸どころまちなか披露」や「芸どころ名古屋舞台」、「まちなか寺子屋」「まち歩きなごや」の全会場および「未来に伝えたい名古屋の和菓子」に参加する全24店舗。コロナ禍の影響により中止が続いていたが、今回復活することになった。

久々の「旅する判子コレクション」の開催、加えてやっとかめ文化祭も10回目という節目のタイミング。これらを「お祝い」するのにふさわしい記念品を用意したい。そんな思いから、スタンプ20個で手に入るコンプリート記念品として名古屋を代表する伝統工芸品「有松・鳴海絞」のオリジナルデザイン手ぬぐいを製作することが決まった。

 

 

100を超える絞りの技法。使う道具も多種多様

 

デザイン制作にあたり「まずは『有松・鳴海絞』がどんなものかを知ろう!」と、企画・開発メンバーは一路、有松へ。「有松・鳴海絞会館」を見学し、製造工程について学びを深めた後、工房で手ぬぐいの絞り・染めのワークショップに参加した。

一口に「絞り」と言っても、技法は多岐にわたる。糸だけでくくるもの、針と糸で縫うもの、折りたたんだ生地を板などで挟むものなど、技法は大きく3つに分類され、現存するのは約70、時代の移り変わりに伴い途絶えた技法も含めるとその数は100を超えると伝わる。指先を使う繊細な技、というイメージが先行するが、中には丸太を使って複数の人が協力して絞る「嵐絞」というダイナミックな技法もあるという。

ワークショップで挑戦したのは、板締めという技法の1種である「雪花(せっか)絞り」。初心者でも簡単にできる技法だが、板に挟む際の力加減や折りの丁寧さによって仕上がりも変わってくるという。折る回数や染める位置などを変えるだけで印象がガラリと変わるのも魅力のひとつだ。

奥に立つ職人さんの両サイドに並ぶのが「雪花絞り」の作例

 

「他の道具を使ってみてもいいですよ」と渡された道具セットの中には、針や糸のほかに、割り箸やクリップ、輪ゴムなど身近に目にするものも。職人の世界だからといって、使う道具がどれも特殊ということではなく、むしろ日常の延長線にあるのだと気づかされる。

スーパーボールを包んで輪ゴムでとめると、独特な円形の柄が表現できるという

 

体験中に、デザイン内容も検討することに。しゃちほこチャレンジの様子など、やっとかめ文化祭“らしさ”の感じられるモチーフをいくつかピックアップ。

最終的に、「やっとかめ文化祭」のメインビジュアルに登場する「笑いの神」をモチーフに採用。印象をそのままに、シンプルな線描で両手を広げて名古屋のまちに佇む「笑いの神」の姿を図案化し、「YATTOKAME FESTIVAL」の文字をあしらったデザインに。デザインはすべて絞りで表現することになった。

 

余談だが、当初「笑いの神」の表情やの文字など、デザインの一部は絞り以外の技法を用いて表現する想定だった。薬品によって色を抜く「抜染」や、名古屋友禅で用いられる糊を使った「防染」、白いインクを刷る「シルクスクリーン」など複数の技法を検討したが、試作の仕上がりから全体の調和を踏まえて文字も絞りで表現ことに。絞りで表現しやすいよう細かな描写は簡略化し、文字の大きさや間隔などのバランスも調整した。

試作品の一部。用いる技法によって仕上がりの印象もさまざま

 

 

職人から職人へ。一つのモノをつくるためのバトンが渡されていく

 

試作を重ね決定したデザイン画は職人の元に渡り、いよいよ本格的な製造工程に入る。製造工程が分業されているのも「有松・鳴海絞」の特徴の一つ。幾人もの職人技が集結してはじめて一つの商品が完成する。

デザインが決まったら、まず行われるのが生地に絞りの目印を記す工程。図案に沿って型紙に小さな穴をあける「型彫り」によって絞りの目印を定め、型彫りした型紙を布地にあてて染液を刷り込む「絵刷り」が行われる。染液は「青花液」と呼ばれるもので、水洗いすると簡単に落ちる特性がある。洋裁をする人なら、チャコペンのようなものといえば想像しやすいのでは。

続いて「絞り」の工程へ。「絵刷り」で記された目印をもとに、職人が生地に絞りを施す。今回のデザインでは、糸でしるしに沿って縫い締める「平縫い」、山折りの少し下を縫い固く締める「折り縫い」、輪郭を平縫いして糸を締めた後さらに糸で巻き上げる「巻上絞り」という3種類の技法を採用している。

いずれも糸と針で縫うタイプの絞りであるため、1人の職人さんに作業してもらうこととなったが、元来「絞り」の技術は「一人一芸」と言われるほど。「この絞りならこの職人さん」と依頼するため、用いる技法が多種になる場合、数日間かけて複数人の職人の手をわたることもあるという。下絵をもとに、素早く丁寧に、出来上がりを想定した絶妙な力加減で加工を進めていく様子は、まさに職人技といえよう。

 

 

 

「有松・鳴海絞」の伝統工芸士、荒川泰代さんに今回の手ぬぐいを絞っていただいた

 

文字部分は折り縫い絞りで表現。1画ごとに針を変えて縫うのが縫い絞りの特徴

 

「絞り」の加工が終わったら、染色の工程に入る。まず、粉状の染料をお湯に慎重に溶かすことから染色は始まる。染料液が準備できたら、水洗いして青花液を落とした記事を浸す。言葉にするとシンプルだが、染めムラが出たり、くくり糸が解けたり糸が切れたりしないよう注意を払う必要がある、非常に繊細な工程だ。引き上げるタイミングによって染め上がりも変わるため、経験と勘も欠かせない。染色後は、入念に水洗した上で脱水し、乾かしていく。

江戸末期から続く有松工芸(濱忠有限会社)での試し染めの様子。染色を手がける濱島正継さんは七代目にあたる

 

生地が十分に乾いたら、「糸抜き」が行われる。絞った糸を解く作業なのだが、これもまた繊細な技術を要する。というのも、糸で締め上げて防染する絞りであるため、糸はしっかり固く留められている。

染色後の生地。ギュッと絞られているのが見て取れる

 

そのため、無理にほどこうとすると生地が裂けてしまったり、ハサミや毛抜きなどを使う場合は、道具の扱いを誤ると穴を空けてしまったりする可能性が。生地の破損が起きないよう、職人は絞りの種類によってほどき方も変え、入念に慎重に糸をほどいていく。

 

 

1点ごとに異なる手仕事の“表情”を楽しんで

 

いくつもの工程を経て、手ぬぐいが完成。手ぬぐいの色に選んだのは「有松・鳴海絞」と聞いて誰もが思い浮かべる「藍」と、やっとかめ文化祭のキーカラーである「黄」の2種類。職人さんのアイデアもあり、扇子には名古屋市章を思わせる「八マーク」もあしらわれることになった。

完成した試作品。写真右(藍)のデザインが最終稿

 

手仕事ならではのゆるやかな線描と、絞り特有の「にじみ」の味わいもあり、「笑いの神」はほのかな光をまとったようにも感じられる。絞りの模様は1点ごとに少しずつ表情が異なり、生地に触れると絞りならではの凹凸が伝わってきて、温かみと奥行きをもたらしている。かわいらしくもあり、どことなく幻想的な雰囲気の仕上がりとなった。

と、さまざまな言葉を並べてみたものの、繊細な手仕事の妙は写真や文章だけでは伝えきれないもの。どうか多くの人に、400年を超えて受け継がれ、今に生きる技を直に手に取って感じてもらいたい。

WRITER PROFILE

伊藤 成美

グラフィック・書籍デザイナーや玩具の企画開発アシスタント、学習塾教材制作など、さまざまな職を経験したのち、縁あってウェブメディア運営会社のライター職に就く。医療従事者を中心に、主にインタビュー記事のライティング経験を積む。2020年よりフリーランスのライターに。ライフワークは「文脈」「つながり」をひもとくこと。心の中に湧き上がった「なぜ」を起点に、日々いろいろな物事に思いを巡らせ(妄想して)いる。