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8年ぶりに公開された名古屋市東山植物園温室前館。
“東洋一の水晶宮”はいかに復原されたのか。

TEXT : 齊藤 美幸

2022.03.22

2021年4月、保存修理工事が完了し、8年ぶりにオープンした「名古屋市東山植物園温室前館」。現存する日本最古の公共温室として“東洋一の水晶宮”と呼ばれた姿は、いかに生まれ、いかに蘇ったのか。

同年11月には、やっとかめ文化祭のまちなか寺子屋にて「日本最古の公共温室ナイトクルーズ」と題した講座が開催された。温室の歴史や建築価値、温室の植物と名古屋の関わりなどを学ぶとともに、復原した照明灯などが光り輝く夜間の温室を見学するというものだ。講座内での岡本誠植物園長の解説に加え、のちの追加取材によって、復原作業の詳細や事業の経緯、国の重要文化財に指定されるほど高い希少性の理由を探った。

 

総ガラス張り、美しいシンメトリーの大温室

東山動植物園の植物園門を入るとすぐ、堂々とした風格で私たちを待ち構える温室。鏡池を含む洋風庭園と一体となった景観が美しく、温室前館が水面に映り込む様子も風流である。思わず見惚れてしまう。

普段は、植物園の閉園時間が16時50分までのため夜間入園ができないが、まちなか寺子屋では特別に、光を放って暗闇に浮かび上がる貴重な姿を見ることができた。まさに水晶のようなきらめきだ。

鉄骨造の総ガラス張りで、中央高さは約12.4メートルと巨大な温室前館。植物園の中核施設として1936(昭和11)年に竣工し、翌年3月、植物園の開園とともに開館した。トラス構造の鉄骨造りで、当時、全国でも2例しかなかったといわれる電気溶接を用いた全溶接建築物だ。室内には、当時珍しかった熱帯樹木をはじめ、水生植物や食虫植物、多肉植物などが植栽された。温室前館の設計デザインは、イギリスの「キューガーデン」やドイツの「ダーレム植物園」を参考にしたとか。左右対称な様式美は、平等院鳳凰堂をも彷彿とさせる。

 

太平洋戦争と伊勢湾台風の被害を乗り越え、復興へ

1937(昭和12)年の開園といえば、戦争の影が忍び寄る時代である。その年の7月には日中戦争が、4年後の1941(昭和16)年には太平洋戦争が勃発。植物園にはどの程度の被害があったのだろうか。

岡本園長は「金属類回収令による国への金属供出からは免れたが、太平洋戦争末期の1945(昭和20)年2月には空襲の爆風による甚大な被害を受けた」と説明する。温室のガラスが破損したことで多くの植物が枯れてしまったが、それでも残された植物をなんとか守ろうと、中央ドームに植物を集めたそうだ。

終戦後には、市民に一刻も早く明るさを取り戻してもらおうと復旧作業が進められた。1946(昭和21)年3月にはあらためて開園を果たし、さまざまなイベントの開催や新たな施設の整備が行われたが、2度目の悲劇が訪れる。1959(昭和34)年、東海地方に直撃した伊勢湾台風だ。戦後最悪の台風災害により、再び温室のガラスが割れ、植物園全体でも約3,000本もの樹木が倒れてしまった。

このような過酷な状況においても、当時の職員たちは諦めることなく植物の保護に奮闘した。その結果、温室には開園当初から残っている植物が現在も13種ある。植物園に訪れる機会があれば、ぜひ注目して探してほしい。

 

重要文化財指定を経て、開園当初の姿に復原

植物園の温室は、前館、後館およびバックヤードを含む建物群で構成されている。後館は建て替えや増改築が繰り返されてきたが、前館は補修を重ねることで守り続けられてきた。煙突の解体・撤去などが行われたものの、骨格はほとんどそのままの状態だ。

温室前館は、「わが国最初期の本格的な鉄骨造温室建築として重要であり、鉄とガラスによる建築物の造形的特質をよく示しており貴重である。また、わが国最初期の全溶接建築物として建築技術史上価値が高い」と評価され、2006(平成18)年に国の重要文化財に指定されている。その一方で、長い年月を経て、耐震補強の必要性にも迫られていた。もはや、応急処置では未来に建物を残すことができない。今後も保存・活用していくため、かつての姿への復原をめざして修理することを決定した。

“かつての姿”といっても、具体的にいつの時代の形様を指すのか。これまでの改変経緯を踏まえながら、今後も展示を続ける上で使用に支障がないよう、復原年代が検討された。主要構造部である鉄骨や腰壁、ガラス葺き、建具などは、建設当時の姿に。ただし、使用する材料や細かな箇所は、現在の技術で改良することに。造作部については、整備がなされた後の1947(昭和22)年から1948(昭和23)年の姿に保存・修理することとした。

2011年から調査を、さらに2013年から2020年にかけては保存修理事業を実施。どのように復原が完遂されたのか、特に、建設当時の姿を再現した部分に焦点をあて、詳細を紐解いてみよう。

 

発掘された部材や古写真が、修復の手がかりに

保存・修理に伴い、館内の植物は前館からバックヤードの保管温室へと移動。できるだけ種を保存しながら、慎重に移植が行われた。「中央ヤシ室のインドゴムノキを例に」と、岡本園長は搬出から移植までの流れを解説する。

インドゴムノキは、樹高8メートル。それに対し、前館の扉は幅1.5〜1.6メートル、高さ1.8〜2.6メートル。大きな樹木をそのまま運び出すのは物理的に不可能だ。

そのため、枝葉を切り詰めるとともに、根の一部を剥皮する「環状剥皮」という根回しの作業を行った。大きな機械は入れないため、トラックに載せるまでは人力で運搬。再び温室に戻す際も、小型機械と人の手だけで立て起こした。こうして、2021年3月にはおおむねの植物が再移植された。

温室前館の鉄骨は、高温多湿の環境にあったためサビが進んでおり、これが耐震性における懸念点となっていた。そのため、すべての鉄骨を測定・調査。基準を満たしていない部分は切断し、必要に応じて新しい部材を溶接して補修した。丁寧な作業により取り替えを極力減らし、建設当時の鉄骨を93%残すことができた。

取り替えた部分の見分けがつくように、溶接の盛り上がり跡はあえてそのままにしているという。よく見てみると、ぽこっとした膨らみがあることに気付く。

屋根においては、ガラスとサッシを解体したところ、過去に垂木を留めていた跡が確認されたそうだ。そこで、建設当時と同じ位置に垂木を戻し、ガラス葺の形式を復原した。

温室の暖房には、温水で館内を温める「ギルド放熱器」という装置を使っている。ギルドとは英語で「魚のエラ」を意味し、エラのようなヒダ状の部分から熱を放出する。建設当時のものが多く残っていたため、補修したうえで再利用した。

床のタイルは1991年に張り替えられているが、調査の過程で、建設当時のタイルが発掘された。そのタイルを分析したうえで、可能な限り形状を復原したのだとか。見落としてしまいそうな細部へのこだわりから、ひしひしと熱意が伝わる。歩きながら、足元にもじっくり目を凝らしてみてほしい。

床へ下ろした視線を、今度は少し高い場所へと上げてみよう。柔らかな光で周囲を照らす照明器具。こちらも建設当時の形状が復原されている。再現するにあたっては、古写真を参考にしたそうだ。

館内の温度調整のために窓を開閉する際、建設当時は手動でハンドルを回していた。その後に自動開閉システムに取り替えられたが、当初の部品や古写真などから手動開閉装置の復原が可能に。ただ、手動管理は大変な労力がかかるため、見た目はそのままに、自動感知で作動するようになっている。

 

5つの展示室を歩き、自然美と建築美に浸る

植物と建築物が一体となり、魅力を引き立て合う温室前館。その館内は、5つの展示室に分かれている。西側より順に「多肉植物室」「西花卉室」「中央ヤシ室」「東花卉室」「香りの有用植物室」。最後に、それぞれの空間の見どころをおさえておこう。

多肉植物は、乾燥地帯で生育できるように葉や根、茎に水分を蓄える植物。ぷくっとした形の可愛らしさから、小さなサイズのものであれば家庭用のインテリアとしてもお馴染み。「多肉植物室」では、大小さまざまな多肉植物を展示している。「キソウテンガイ」や「アアソウカイ」といったユニークな名前の植物もあり、種名の書かれた看板に着目してみるのも面白い。

クラシックな鉢棚やモザイクタイルが印象的な「西花卉室」。棚の上の鉢花は、「アジサイ」や「寄生植物」など季節ごとにテーマを変えて展示している。

温室前館の正面出入口から入ってすぐの場所にあるのが「中央ヤシ室」。ヤシは成長するとかなりの大きさになるため、天井高は12メートル超と温室前館の中でも最も高くなっている。

雄株と雌株が対になるように植えられた「シンノウヤシ」や、再移植の説明で話に出た「インドゴムノキ」などは、開園当初から残る植物だ。また、世界最大の種子を付ける植物「フタゴヤシ」については「知る限り、公立の植物園でこれだけ大きな樹高のものを見られるのは当園だけでは」と岡本園長。現在は規制によって、ヤシの実を簡単に輸入することができなくなったためだ。

壁際の立派な岩組みも、建設当時からある岩をそのまま使用しながら、耐震性の問題をクリアできるように修復している。工事をする前までは、岩を積んだだけの状態で80年以上も崩れずに保たれていたというのだから、当時の技術にも驚きだ。工事にあたっては、すべての岩に番号を付けて一旦取り外した。重要文化財の一部である建物の壁に直接岩を固定したり、荷重をかけたりすることはできない。そこで、独立したコンクリート擁壁を作って鉄線で岩を固定し直し、隙間は砂やモルタルで埋めた。

池のあるヨーロッパ庭園のような造りの「東花卉室」。過去に何度か改修されており、今回の修復ではコンサヴァトリー(居住空間を兼ねたガーデンルーム)をイメージし、池の装飾にはタイルを使った。

この部屋では、保存修理工事の際に発掘された切石層の一部をガラス越しに見ることができる。植栽桝の土壌を取り除いたところ現れたそうで、多肉植物室・中央ヤシ室でも確認され、土の下にそのまま残されている。

温室前館の一番東側に位置するのが「香りの有用植物室」。そのネーミングの通り、「香り」をテーマに植物を展示している。コショウやバニラなど、生活に身近な食用植物も多く見られる。

自分たちのまちの植物園で、価値ある温室建築が現在まで大切に守られている事実は大変誇らしい。

さらには、温室前館のリニューアルにあわせて、約7,000平方メートルもの面積を誇る洋風庭園も再整備されている。高低差をうまく活かしたイタリア式庭園であり、大きな特徴はやはり、温室前館を水面に映す「鏡池」。名古屋ゆかりの植物学者・伊藤圭介にちなんだ「圭介の庭」、催事と交流の場となる「ガーデンステージ」も見ておきたい。

温室前館だけでなく後館も、カラフルな花や変わった形の葉など、さまざまな植物の展示が充実している。温室を出て、少し奥へと歩みを進めれば、俳句の才能を発揮した武士・横井也有に由来する日本庭園「也有園」が見えてくる。ここには、登録地域建造物資産に指定された「武家屋敷門」、釘を使用せずに建てられた木造茶室「宗節庵」が佇む。「奥池」の向こう側へ目を向ければ、岐阜県の白川郷から移築した「合掌造りの家」が建っている。

ほかにも、園内の魅力的なスポットを書き出していけばキリがない。約7,000種もの植物をじっくり見て回ろうと思うと、一日ではとても足りないだろう。訪れるたび、毎回新鮮な驚きを与えてくれる。80年の時を超えて蘇った“東洋一の水晶宮”に、そして四季折々移ろう風景に、これから先の未来にも何度でも会いに行こう。

 

参考文献/重要文化財名古屋市東山植物園温室前館保存修理工事報告書

WRITER PROFILE

齊藤 美幸

名古屋在住。まちと文化が好きなライター。広告制作会社での勤務を経て、2020年からフリーランスとして活動中。まちの風景や歴史、地域をつくる人の物語などを伝えている。