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「うた」が見せてくれる、熱田の賑わい。~やっとかめ文化祭 ナゴヤ面影座第五講~

TEXT : 神野 裕美

2020.03.25

日本庭園としては中部地方最大級の規模を誇る、名古屋市熱田区の白鳥庭園。御嶽山から湧き出た木曽川が伊勢湾に還っていく見立ての園内を歩くと、水辺のほとりに佇む美しい数寄屋が見えてくる。この茶室「清羽亭」を舞台に、2019年11月4日、ナゴヤ面影座第五講が開催された。三味線名人の本條秀太郎氏、朗読家の紫堂恵氏を迎え、名古屋・熱田ゆかりの端唄や民謡、熱田にまつわる物語などを通じて、江戸の面影をあそぼうという企画だ。参加者は、幻想的な語りやうたに導かれて古代から江戸時代の熱田を訪ねることとなった。

尾張名古屋を築きあげた木場
 
今回のテーマは「三絃の面影 ~熱田白鳥で端唄をあそぶ~」。この趣向に合わせた粋なあそびは、開演前から始まっていた。会場は、白い鳥が池に舞い降りたかのような姿をした清羽亭。床の間には尾張藩七代藩主徳川宗春の筆という貴重な軸が掛けられている。宗春というと、経済活動や芸能を奨励して名古屋をおおいに盛り上げた藩主として知られるが、実は、その豊かな城下町の源流はこの熱田にあった。
まずは、熱田白鳥の歴史を振り返ろうと白鳥庭園所長によるレクチャーが始まった。それによると、かつて熱田は尾張地方の中心で、今の白鳥庭園がある場所には木曽川の上流から運んできた材木を保管する貯木場が置かれていた。材木は名古屋城や城下町をつくるために堀川を通って運ばれたほか、伊勢湾に面した熱田湊から船で全国へ出荷され、尾張藩の大きな財源となっていたそうだ。まさに「熱田白鳥は名古屋の基盤をつくった場所」だったのだ。

 
古来、物語が生まれる場所
 
熱田白鳥の土地柄を参加者が踏まえたところで、朗読家の紫堂恵氏が登場。時代をおって、熱田に伝わる物語やうたなどを語り、TOPOS(トポス)=場所の持つ意味を解き明かしていく。
最初は古代、内陸部の奥深くまで海が入り込んだ熱田の半島を蓬莱島と読んでいた頃のこと。日本武尊の東征譚、聖地・熱田神宮の北側に広がる断夫山古墳、白鳥古墳といった古墳群のことなど、やわらかな語りを聞いていると古代熱田の俯瞰図が頭に浮かんでくる。時代は下って中世。都から流されてきた琵琶の名手・藤原師長と熱田神宮にまつわる物語や、熱田の遊女との間で子を持ったとも、熱田神宮の宮司の娘と契ったとも言われ、能や幸若舞などで描かれてきた平景清の伝説など、熱田には多くの物語が残されている。「こうした話の真偽は別として、熱田が物語を生み出す土地柄ということが重要なのでは」と紫堂氏。西行や飯尾宗祇、松尾芭蕉らが熱田を訪れていることからしても「歌人にとっても熱田は重要な場所だったのだろう」と語る。
そんな熱田語りを経て、紫堂氏はこう締めくくった。「古来、大和の人々は、言葉には魂が宿るとし“言霊”と表現しました。うたは言霊がより強められた形で、表にあらわれ出てくるもの。目には見えない言葉の世界から立ち上がる何かへの祈りがうたであり、それがまさしく面影ではないでしょうか」。

 
「うた」が伝える熱田の風情
 
後半には、うたで面影を伝えようと本條秀太郎氏、秀五郎氏が登場。本條秀太郎氏は伝統的三味線音楽の楽派「俚奏楽」を創始し、幅広い音楽活動を繰り広げている三味線の名人だ。今回は伝統の江戸端唄や民謡を取り上げ、艶やかな歌声と三味線をたっぷりと聴かせてくれた。

幕開けは「萩のしおり戸」「秋の夜」と霜月にふさわしい端唄から。続いて熱田の土地柄と関わりの深い曲が次々と披露される。例えば、もともと木場があった熱田は、江戸でいえば深川にあたることから「深川節」。そして、名古屋城築城の際、材木を運ぶときに労働者たちが士気を高めるために歌った「平針木遣り歌」。この木遣り歌について「名古屋独特のうたで、三味線の手の付け方がおもしろい」と本條氏は語り、民謡の中でも特に興味を持っているそうだ。
また、熱田といえば「どどいつ」発祥の地でもある。名古屋に入ってきた潮来節をもとに熱田で生まれた神戸節は「どどいつ」と呼ばれるようになり、後に江戸で「都々逸」として大流行した。一方、上方では「よしこの」という名で広がった。そんなうたの変遷も紹介しつつ、茨城の潮来生まれという本條氏が唄ったのは、越後や伊予の「潮来節」。他にも「伊勢音頭」「吹き寄せ街道」などなど、当地ゆかりのうたに酔いしれるうちに、心を江戸時代にあそばせ、熱田の面影を見た人も多いのではないだろうか。

 
埋もれた記憶を掘り起こして
 
熱田が木場であったこと、「どどいつ」発祥の地であったことなど、土地の記憶は時代を経るにつれ、だんだんと薄れてくる。ただ、古くから伝わるうたは、埋もれた記憶を掘り起こすきっかけの一つになる。詞や調べが、遥かな時間をさかのぼる水先案内人になってくれるのだ。
目は、見えるものだけしか見ようとしないが、耳は違う。耳で聴く物語やうたには見えないものを見せる力があるのではないだろうか。目を閉じて、うたに耳を傾けてみる。すると耳がとらえた名古屋の面影は、とても艶っぽく、ふくよかに感じるから不思議だ。今回、ナゴヤ面影座は、名古屋と芸能・文化との深い関わりを改めて教えてくれた。ふだんイメージしている以上に、名古屋の文化的な地層は厚いのだ。

神野 裕美

WRITER PROFILE

神野 裕美

1998年よりフリーのコピーライターとして活動。2010年、クリエイティブディレクターとともに株式会社SOZOS(ソーゾーヅ)設立。新聞、ポスター、パンフレット、Webといった各種コミュニケーションツールの企画立案・制作、ロゴ制作、ネーミングなどを手掛けている。最近はまちづくり支援の仕事も多く、なごやのまちを盛り上げるべく、多角的な視点からなごやの魅力を再発掘中。インフォグラフィックでなごやめしの紹介も。
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