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大門地区とともに90年。中村遊郭の記憶を今に伝える、松岡旅館の物語。

TEXT : 石黒 好美

2017.09.02


料理旅館として生まれ変わる

『一徳』閉店後、昭和35年には料理旅館『松岡西店』として再び店を開きました。美しい坪庭と、技巧を凝らした欄間などの建具。加えて、長尺の桧や欅の丸太など、全国から集めた銘木をふんだんに使用した宴会場『松欅殿』を備えた旅館です。天井に付けられたシャンデリアの、和洋を折衷した意匠の美しさには息を呑みます。かつては結婚式も行われていたそうで、松の木の描かれた舞台の襖を開けると、神殿が備えられていました。



しかし、松岡西店のように転業して商いを続けられた店は少なく、かつての面影を残した建物は昭和の時代に次々と取り壊されていきました。訪れる人も少なくなり「大門という街のイメージも良くないものになっていった」と鬼頭さんは語ります。

「若い人は『風情があっていいですねえ』なんて言ってくれるけれど、私たちより上の世代の人は遊郭というとみな嫌な顔をされますよ。誰も、当時のことを話したがらないです。
廓の商売を悪い目で見られることも少なくなかったですしね…私も小さい頃は、少し恥ずかしい気持ちがありましたもの。

大門は、今の錦や女子大小路のような繁華街だったんですよ。でも、他の遊郭と違って、(都市計画によって)『作られた街』だった。ほんの短い期間しか開いていなかったこともあり、遊郭ならではの文化が育たなかったのかもしれません」。

 

時代に合った活かし方を求めて

平成13年には、松岡西店も看板を下ろすことになりました。しかし、どうにかこの建物を残すことはできないかと考えた鬼頭さんが注目したのが、始まったばかりの介護保険制度でした。
「もともとうちは旅館ですから、お客さんに美味しい料理を出して、風呂で寛いでもらうという点では同じでしょう」

こうして松岡西店の一階は改装され、高齢者向けのデイサービスセンター「松岡健遊館」となりました。もとが遊郭であったことから、最初は男性ばかりが利用していたとか。

「皆さん昔を偲んで『懐かしいなあ』『ここの店は、高くて来れなんだんだわ』なんて仰っていましたね。
そのうちに、女性の方も来ていただけるようになりました。昔は女性は入れませんでしたから『どんなところかいっぺん見てみたかった』『きれいな庭やねえ』と喜ばれていますよ」。

代々工夫を重ねてその姿を残してきた松岡健遊館の建物。一階はこうして高齢者の方の明るい笑い声が響いていますが、二階は旅館が閉店してからというもの、ほぼ手付かずのままになっています。
最近ではこの建築の美しさに魅かれた若い人たちが集まり、定期的に二階の掃除をしたり、良い活用の仕方がないかと考えてくれているそうです。

「今の人たちが面白いと思ってくれる使い方で残っていってくれればと思います。あと10年から15年くらい、頑張って持たせたいなと思っているんです。名古屋駅にリニアが来た時、ここが残っていたら好対照の雰囲気になって、面白いでしょう。
建物を維持していくのは、本当に大変です。でも、今は厳しいけれど、きっと時代に合った使い方が見つかると信じて、土俵際で踏ん張っていきたいですね」

 

松岡健遊館本店(松岡大正庵)
名古屋市中村区日吉町13番地
052-481-2282
http://matsuoka.kenyu.co.jp

 

やっとかめ文化祭2017 関連プログラム

まち歩きなごや 中村・大門 中村観音や大正ロマンを感じるまちなみを楽しむ 

 

参考文献:
神崎宣武「聞書 遊郭成駒屋」講談社、1989年
若山滋「遊蕩の空間 中村遊郭の数寄とモダン」INAX出版、1993年
木村聡「赤線跡を歩く」ちくま文庫、2002年
池田誠一「プロジェクト紀行 名古屋近代の都市づくりー三大都市への道―」【8】三大都市<大正後半>…大正の飛躍 
http://www.chubudenkikyokai.com/archive/syswp/wp-content/uploads/2016/03/c3ad6d4c67f27d1d2c0fde17d0bddab7.pdf

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石黒 好美

WRITER PROFILE

石黒 好美

NPO・CSR・ソーシャルビジネス・福祉・医療などの分野で書いています。書くことを通じて人と社会のさまざまな構造にはたらきかける「ライティング・ソーシャルワーク」の実現を目指して試行錯誤中。好きな名古屋弁は「ぬくとい」、好きな名古屋めしは味噌煮込みうどんと台湾ラーメン、好きな名古屋のアーティストはTOKONA-Xです。
ブログ「#レコーディングダイエット」