PAGE TOP

facebook twitter
見ていないのに見えてくる? ぼんやりした面影を訪ねて、あいまいな量子の世界へ。ーやっとかめ文化祭 ナゴヤ面影座第三講ー

TEXT : 神野 裕美

2018.04.09

平安歌人も面影を見ていた

「こうした最先端科学の情緒を、平安の歌人たちは実にうまく表現している」とも博士は語る。紀貫之は「こし時と恋ひつつをれば夕ぐれの 面影にのみ見え渡るかな」と、恋しい人の面影を歌い、藤原定家は「見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋のゆふぐれ」と、花や紅葉の面影を見せてくれる。現実には見ていないものが面影として見えてくる世界観は、量子もつれの世界に通じると言えないだろうか。

もう一度、アリスの物語を振り返ってみよう。ネコという実態が消えても、ニタニタ笑いが残ったという描写は、確かに量子の世界を、面影を描いていたのだ。「世界はすべて面影でてきている」と佐治博士。「ないものとあるものをつなぐのが面影。光と影、一瞬と永遠、過去と未来。世界は対極にあるものたちのうつろうバランスからできているのです」。

ナゴヤ面影座

量子の世界を旅する面影座

途中、佐治博士のオルガン演奏でバッハの「プレリュード」も披露された。優しい語りと映しい音色に魅せられた講義は3時間にも及んだが、博士によって私たちが重力から解き放たれたせいなのか、この日は時間が早く過ぎるのを感じた人も多かったに違いない。

ナゴヤ面影座

初の国産量子コンピュータが公開され、いよいよ世界中で量子コンピューティング時代が始まろうとしている。量子の世界では、時間は過去から未来に流れるだけでなく、未来から過去に流れてもおかしくないという。量子もつれを利用すれば、未来へ行くことも、時をさかのぼることもでき、過去を変えることも可能とされる。

私たちがアリスのような冒険ができる現実は、もうそこまで迫っているのかもしれない。それとも私たちの存在自体が、未来の面影なのか?面影座という磁場に立てば、思考はふいに時空を越えて自由自在に旅をする。量子世界の冒険が、いつだって楽しめるのだ。

1 2

神野 裕美

WRITER PROFILE

神野 裕美

1998年よりフリーのコピーライターとして活動。2010年、クリエイティブディレクターとともに株式会社SOZOS(ソーゾーヅ)設立。新聞、ポスター、パンフレット、Webといった各種コミュニケーションツールの企画立案・制作、ロゴ制作、ネーミングなどを手掛けている。最近はまちづくり支援の仕事も多く、なごやのまちを盛り上げるべく、多角的な視点からなごやの魅力を再発掘中。インフォグラフィックでなごやめしの紹介も。
JAPAGRA